「うどい」サポーターの会 参加への呼びかけ
琉球舞踊館「うどい」は、一流の踊り手による本格的な琉舞を手軽に楽しんでもらお うと、宴会とは無縁のホールで昼間六回の公演を続け、すでに五千回を達成しまし た。
一般観光客だけでなく、修学旅行、家族連れ、お年寄りグループ、障害者の方々に も、喜んでいただいています。
切符売りから演目解説までご夫妻体当たりの営業、 たといお客がゼロでも開演する「うどい」の心意気には、胸を打たれます。
沖縄銀行 のふるさと振興基金を受けるなど、少しずつ努力が認められていますが、まだまだ十 分ではありません。
そこで、こんな活動を県内外に知らせ、多くの方々に見てもらうよう、これを支援するサポーターの会を発足させることにいたしました。
日ごろ「うどい」にご理解 をいただいている貴方さまには、ぜひその会員になっていただきたいのです。
会員といっても、会費などはいただきません。
ただ、時々「うどい」に来てくださることのほか、親しい方への口コミや、投稿など、またお客様をご案内したり、沖縄旅行をする方々にすすめたりして、一人でも多くの方に「うどい」を訪ねていただけるよう、心にかけて努力してくださればよいのです。
なお、会報を発行することや、年一 回「うどい」周辺で総会を開くことなども 考えています。
もしご賛同いただける場合は、お名前だけは承知しておきたいので、 その旨ご回答ください。
よろしくお願いいたします。

「うどい」サポーターの会 発起人プロフィール

ゆたか はじめ(本名 石田穣一)
エッセイスト。
1928年東京生まれ。
東京高裁長官を定年退官後、 法律の世界から離れ夫婦で沖縄に移住。
沖縄キリスト教短大教授、沖縄県行政 オンブズマンを務めた。
現在、 沖縄県地域づくりアドバイザー、 那覇市NPO資金運営委員、
琉球朝日放送番組審議委員。
著書に『沖縄の心を求めて』『自分を輝かせてみま せんか』
『沖縄に電車が走る日』など。

岩本 俊彦(いわもととしひこ)
昭和13年(1938年)10月20日、 東京・世田谷で生まれ育つ。
静岡県清水市に在住。
昭和37年サラリーマン生活をスタートし、 転勤先の静岡で伴侶をゲット。
平成12年にピリオドを打つ。
現在、しずおか健康長寿財団レポーター。
介護家族の会、みんなの道づくりグループ会員。
囲碁と川柳を楽しむ会(碁柳会)を 月1回東京で楽しんでいる。
琉球舞踊を観て病みつきになり、 浦添市に嫁いでいる長女の家を足場にして、琉球舞踊館「うどい」へかよっている。

大道寺 ちはる(だいどうじちはる)
1958年生まれ。
1999年6月、沖縄に転居。
飲食業に関する何の知識もないまま、
11月から那覇市壷屋で「にんじん食堂」を始める。
時間的、経済的な厳しさに圧倒され、 丸3年を経た2002年12月に閉店。
場所を移し、沖縄固有の食材を生かした料理を提供するための新しい形を模索中。
なぜか常に無謀な人生を選択してしまう京おんな。
「うどい」サポーターの会の事務局を担当。

飯塚 未登利(いいづかみどり)
1963年(昭和38年)生まれ・東京都出身。
カメラマン、トールペインター、 料理研究家を経て沖縄へ移住、
県産一級素材を使ったイタリア料理の店 「料理工房・てだこ(^o^)亭」を開業、
仕入れから配膳まで1人でこなす オーナーシェフ。
共著に『沖縄オバァ烈伝』『オバァの喝!』 『オジィの逆襲』
『新・好きになっちゃった沖縄』(以上、双葉社)、
『沖縄ナンクル読本』 (講談社)など。
ホームページは http://www.tedakotei.com/

西野 浩史(にしのひろふみ)
1963年徳島市生まれの 南風原婿(妻が南風原町出身という意味)。
「インターネットタウンマガジン沖縄王」編集長で フリーのジャーナリスト。
「趣味は沖縄」と 断言するほどの沖縄好きだが、 沖縄を褒め殺しにする人たちとは一線を画する。
うどい社長である平良さんの熱血ぶりや誠実な人柄に共感している。
沖縄では仕事がないため4月以降は 東京に戻らなければならない可能性が高いというのが現時点での
人生最大の 悩みである

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